月別アーカイブ: 2011年1月

ゾウの姿


レモンをレモンと言えるのか。
レモンを酸っぱいと言えるのか。
360度すべてのアングルから見えるものを総合することは、いったい可能なのか。
いったいどこまで見えたら私の意見が言えるようになるのか。
すべてを見極めることなんて可能なのか。
何かにフォーカスしなければ、たった一つのことでさえ表現し得ない。
すべての事象には多面性がある事を自覚することぐらいしか、私にはできない。
だから、私の発言はいつも偏ったものであることを伝えておかなければいけない。
そうでないと、多くの人を傷つける。
真実と現実は確実に違う。
いったい真実は存在するのか。
IMG_0012.jpg現実は、個人の思考の中にのみ存在する。だから、無数の現実が存在しえる。
そして真実はすべての生命体を包括して鼓動するうねり以外にいったい何があるのかと、偏った私の思考が問いかける。
喜怒哀楽がどれほどはかなく、一瞬の夢であることか、多くの人が説いてきた。
永遠は永遠に続かないという事実のみが永遠だ。
確実なことは何もなく、それを受け入れるしかないことが確実だ。
いつまでも大切なものを保ち続けたいということは、死を意味する。
生きていきたいのなら、変化を受け入れ、変化に乗っていかなければ押し倒されるだけだ。
だから・・・いつまでたっても、私にはゾウの姿は見えない。

600mm


400mm ではなく 600mmの方がいいらしい。・・・って、かなり無理があるよ。600mm を使うためには、他にも諸々そろえなければいけないらしいのだ。とにかく重過ぎて普通には運べない。

ということで、ワークショップにはレンズは買わず、レンタルというオプションがあることを知った。そうね、こんなに高価なお買い物は、お試し版でまずは検討しなくちゃ。それにしても、 600mm の世界なんて、想像もつかない。わーい、ワクワクどころか、ゾクゾクの世界だ!

ばんちゃんの写真クラブの集まりがあったので、参加してみた。違う風にあたるのはいつも新鮮でいいね。さっそく会員になった。次のプロジェクトには生憎参加できないけど、面白くなってきた。ワクワク。

でも、一番のワクワクはばんちゃん、あなたですよ~。

It guided me here…


今日は、ばんちゃんと彼の友達とお昼を一緒した。オフィスがすごく近いから、これからも会おうと思えばすぐ会えそうだ。

久しぶりに、とてつもなくおかしなエンジニア達と話ができて、懐かしかった。そういえば昔、こんなんだったよね。トランスフォーマーの話を延々とする人、水色と黄色とオレンジのテニスシューズを履いて、ベビーシートを横につけてフェアレディーZを運転する人、それぞれが個性を丸出して、でも、すごく自然体。最近、私の回りには見かけなくなっていた。
そして、はたとばんちゃんを見てみると・・・おかしいな。すごくまともに見えた。いやいや、友達、同僚があんなにユニークなんですからね・・・まだまだ・・・ 楽しくさせてくれますね~。

ランチの前、約束のレストランを探していたら、案の定、迷子になってしまって、時間にも遅れて・・・少しあわてていた。それでも、ようやく近くまで運転していったら、ついにばんちゃんの姿を発見。
そして、まさにその時Ennio Morricone の曲がiPod からタイミングよく流れてきた。わ~。
その曲には美しい歌詞がつけられていて Celine Dion が歌っている。笑顔で手を振ってくれた彼の姿を見たら、その美しい歌詞が映画のシーンを見ているように、ゆっくりと頭の中でよみがえってきた。大切にしたい。
The hands of time would lead me to you
It guided me here
It knew you’d be here
I knew…

2011 年 – 頑強な土台作り


何かを捜し求めていたのが 2010 年だった。
今年は、今後 10 年の為の土台作りの年にしたい。
今あるものを見つめなおし、心と体と環境の整理をしたい。

まずはクロゼットの中の物を整理してみよう。
コンピュータの中のデータを整理してみよう。
人間関係を整理してみよう。
いらないものは処分し、足りないものは補うという、基本的な事をしてみよう。